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光織VS光識
ぼくは、小さい頃から名前負けしていると、からかわれたものです。

出町光識(でまちみつのり)。 漢字だけでは誰も読めませんな。


小学生時代には、なかなか名前の漢字を習わないので

テスト答案用紙や習字授業では、(出町光のり)と書いていましたね。


光識という名は、昔に父親が働いていた職場、大野石材さんの

当時社長さんから(現在は会長?)いただいた名前である。


おそらく、光は父親の名である (忠光)から一字譲受て、

識は石材屋さんらしく?宗教ぽく?もあるが、

中国語を大学で学んだ社長さんの思いが何がしあるらしい。

例えば。。。。。。

識 (しき、サンスクリット語:विज्ञान(vijJaana)、विज्ञप्ति(vijJapti)、परिज्ञान(parijJaana))とは、 「了別」の意味の仏教用語である。認識対象を区別して知覚する精神作用を言う。
この語は、vi(分析・分割)+√jJaa(知)の合成語であって、対象を分析し分類して認識する作用のことである。釈迦在世当時から、この認識作用に関する研究が行われ、さまざまな論証や考え方が広まっており、それぞれの考え方は互いに批判し合いながら、より煩瑣な体系を作り上げた。しかし、大乗仏教全般で言うならば、分析的に認識する「識」ではなく、観法によるより直接的な認識である般若(はんにゃ、プラジュニャー(prajJnaa)、パンニャ(paJJna))が得られることで成仏するのだと考えられるようになって重要視された。   フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)より

ナンノコッチャ、訳がわからないし、シリマセン。。。。。。ぼくにはね。  トホホ。

まあ、そのノータリンさが名前負けってことですな。  ははは。


さてさて、ドッペルゲンガー現象ではないが、

自分ではない贋者が現れるのだ。 光識ではなく、光織という贋者?人物。


ただ漢字の書き間違いなのだが、この光織というが意外と多い。


子供の頃からこれまたよく名前を間違えられ、出現してくるもう一人の自分かな。

お気に入りの名前であるが、困りもんでもある。


これはこれで、もうひとりの分身として楽しむのも良いかも知れない。

さてさて、光織VS光識。

世紀の決闘、巌流島決戦とか!!

2大怪獣現るとか!

個展なのに二人展とかね。

いつの日か出町光織という人物にも行き会いたいものですな。


もしもそれが、ドッペルゲンガーなら本人に関係のある場所に出現し、

周囲の人間と会話をしないそうだ。

そしてドッペルゲンガーの人物に本人が会うと死ぬとも言われている。


なので、やはり怖いから会いたくないか~。

だから名前の方も(出町光織)でなく、

出町光識)と間違いのないようにしてもらいたいかな。

何でこんな話をしたかといえば、昨日、今日と光識違いの光織が出たのでね。

くだらん話も、お後がよろしいようで。。。。  出町光識


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by super-bird | 2008-02-05 21:38 | 気になるおしゃべり
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