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『戦国アート合戦絵巻』図録編集後記(仮)
以下 徹夜して書き上げた図録ようの編集後記(仮)です。

編集後記 (母なる筑波山と童子の夢祭り)
筑波山は生き物のように呼吸している。桜川市に住んでいるものであれば、誰しもが四季の移ろいに、息づかいを感じてしまう。春には若い新芽や山桜が優しく薫り、夏の暑さで色濃く青葉を茂らせ、秋には彩り豊かな紅葉で身を包み、冬は静かにまた来る春を待ち夢み眠っている。山の呼吸は現代人の我われ以上に、この地に立った古代人や万葉の歌人たちを惹きつけたに違いない。山と共に生活することは、山を愛し、山から愛されるという、自然を尊ぶこころと、祭りのような伝統的なかたちやリズムをつくりあげてきた。 今回の国民文化祭ではその筑波山を、精神的に意識することから祭りは始まった。桜川市事務局、陶芸家、人形浄瑠璃真壁白井座が真壁城跡に集まり、夢の舞台を立ち上げようとしたのだ。ある時、白井座部長の小倉馨さんは、国史跡真壁城跡である遺跡発掘調査に参加して、この遺構の中に能舞台があったことを知った。役者人生を続けてきた胸を熱くさせ、16世紀の見えぬ真壁城主 真壁時基と気持ちを交信させた。『ここで再び芝居をやりたい』。それは使命にも似たものだったのだろう。しばらくして陶芸家小峰尚さんを中心に、市内在住の陶芸家や窯業関係者が桜川市の地元陶土を使い桜川焼を立ち上げることになった。これは江戸時代から続く窯業の地 東山田地区で4世代受け継いできた植木和雄さんや、土管製造関係者の大好製管さん、紫尾製陶さんの心意気を組み入れ、地元に根付いた文化を受け入れて、桜川焼研究会として出会う喜びでもあった。その喜びは桜川の土を使って何かをしたい、創りたいという思いに結集し、『土舞台』とアート作品を制作しようということになる。幾度となく話し合いがなされ、池本周さんのアイデアを基に研究会みんながアイデアを出し合いあった。 これに市事務局から国史跡真壁城跡を利用出来ないかという理解ある力強い背中押があり、3つの夢が重なって紡ぎあい『アースワーク土舞台・人形浄瑠璃2008』と結うことになる。その芸能土舞台でおこなう人形浄瑠璃の演目はすぐに決まった。かねてから白井座が温めてきた新作『女夫松菟玖波曙』である。ここにも自らの生き方に小倉馨部長がダブらせた主人公 真壁平四郎に対する揺るがぬ思いがあった。やがてそこに筑波山麓に拠点がある、知的ハンディのある人たちの自然生クラブの身体表現が加わり、人形浄瑠璃の人形と人間が絡み合い、筑波山を舞台にした情話に更なる厚みを持たせることになる。自然生クラブを率いる柳瀬敬さんは、人形浄瑠璃で使われる人形頭のアルカイックな表情に、自然生メンバーによる表現コラボレーションを見出してくれた。来る日も来る日も白井座と自然生クラブは稽古を続け、伝統とアートが交感する土舞台に、本番に向け花咲く種子が蒔かれたのだ。
そして同時進行で、陰日向に県事務局と北川フラムさんが何度も桜川市まで足を運び、国民文化祭を盛り上げるお手伝いをしてくださった。 『アースワーク土舞台』のアースワークは2.5haにおよぶ真壁城跡全体となり、なだらかにすべてを見渡せる本丸、中城、二の丸、外曲輪に2,000本ののぼり旗がはためき、土塁や堀跡のみの真壁城に巨大建築物を蘇生させる壮大なタイムトラベルアートが実現する。これは里山アートである新潟妻有大地の芸術祭を実行した北川フラムさんがいなければ、発想も現実になることはなかったろうと思う。そこで16世紀の真壁城を蘇らせることは、21世紀の桜川市にあるすべてのものを集めることで、多くの人々による夢の祭りを作りあげていくことになる。集結することになったのは、職人技である伝統工芸品真壁石燈籠をはじめ、御影石の石彫や真壁紺屋の藍染め、伝統民俗芸能の宮大杉囃子、大曽根加波山囃子、久原ひょっとこがあり、地元の農産物や名産品も彩りを添えることになった。『アースワーク土舞台 真壁城跡戦国アート合戦絵巻』と、名称も夢同様に大きくなっていった。
なかでも土舞台両袖の見切りとなるメモリアルモニュメントは、高さ3m×1.8mの1対のアート作品で、市内の真壁小学校、紫尾小学校、南飯田小学校の480人が、桜川土でパーツを制作してくれた。『陰と陽』のテーマの土オブジェは、子どもたちには難しかったが、個性的な作品ができあがり、人形浄瑠璃の舞台が華やかになった。 また、城跡アートを盛り上げてくれたプログラムの中に、アートワールドに活躍する現代美術作家 宮島達男さんのアート作品『Counter Skin』がある。多忙なスケジュールにもかかわらず、未来ある子どもたちのために全国キャラバンで行っているワークショップを真壁の城跡で開いてくださった。人形浄瑠璃の物語に登場する僧侶真壁平四郎の出家への思いや、禁じられた男女の仲ゆえ『大同松』に変えられた郎女、郎子の人間としての死、そのテーマに加えて、子どもたちに「伝える」感動を期待した。宮島さんのことば通り、参加した子どもたちはアートを楽しみ、心の触れ合いがはじまった。アートの可能性を地元子どもたちに見せてくれた。 『戦国アート合戦絵巻』への誘いの城門ゲートも然りである。華道家である平間磨理夫さんのいけばな『割り箸からのメッセージ』は、使用済みの割り箸を使うことで、地元市民に協力を求めたり、身体知的ハンディのある人たちの誰もが、アート参加できるという可能性の門を開けてくれた。使用済み割り箸が生け花なのかと疑問にも、元は割り箸が木霊を宿る木であることも気付かせてくれた。まだまだ、『戦国アート合戦絵巻』には多くのアート作品やパフォーマンス、アートワークショップがある。真壁城の求心力、町外からのまれびとたちの応援も加わり、アートの底力が沢山詰まっている。沢山とは、筑波山のことでもある。「美しい石はいつも、美しいきれいな水があるところで見つかる。一番良い石は、いつも澄んだ小川か泉水の近くで、筑波山のような言葉に尽くせぬ眺めをもったところで見つかるのです」とつぶやいたイサムノグチ。豊かな自然に惹かれてさまざまな人たちがやってきた。これからもやってくるだろう。まさに清水絶えることのない筑波山、巨神のような生き物である筑波山、その生命力の体液だろう。 その恩恵を受けながら共に地元に集い生き、相思相愛に生活してきたというは、夢の祭りだ。4年間におよぶ準備月日のなかで、国民文化祭開催にむけて多くの人に参加していただき、協働に手と手をつなぎ、手と手で作られたアート作品の想い。粘土と格闘する子どもたち、のびのびと色彩遊びをする園児たち、作品づくりに興じる顔や声が駆け巡っている。地域のみなさん、子どもたちの夢、ハンディキャップという個性、マイノリティさや、多様さというものすべて包み込みながら、今後もアートの可能性とその文化力を忘れないよう願っている。そして、挫けそうな時には堂々たる母なる筑波山を眺めて想い起こしてほしい。 追伸 みんなの夢の祭りの集いのために、命みなぎるタイトルの書を菊池聡さん、ありがとう。韓国の子供たちのアートなのぼり旗を、海を渡り届けてくれた李喜英さん、ありがとう。 そしてみんなの思いをくみ取り、すてきなパンフレットに仕上げてくれた南阿豆さん、ありがとう。

          アースワーク土舞台・人形浄瑠璃2008制作委員会代表
                        国民文化祭企画委員・アートディレクター  出町光識




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参考写真。

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by super-bird | 2008-10-16 13:03 | 気になるおしゃべり
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